Yaffle(藤井風プロデュース)の年齢・大学など経歴プロフィール!読み方やプロデュース作品一覧も

こんにちは~nannanです♪

今日は音楽プロデューサーのYaffleさんについてのお話です。

今、話題の藤井風さんをはじめ多くのアーティストを手掛ける売れっ子プロデューサーで、

自身のオリジナルアルバムも出しているアーティストでもあります。

そんなYaffleさんの経歴やプロデュース作品をご紹介します。

最初に経歴とプロフィールから。

Yaffleさんの年齢・経歴・プロフィール

まずは読み方ですが 【 Yaffle = ヤッフル 】 です。

そして「Yaffle」とは当初は、ソングライター兼プロデューサー・小島 裕規さんが「今までの音楽活動とは別軸のことがしたくて」2018年にスタートさせた、海外ミュージシャンとのコラボプロジェクトのことです。

プロデュース・ワークの場合、手がけるアーティストのストーリーや文脈も重要なファクターの一つになるので、音楽のクォリティーのことだけを考えればいいというものではないが、一度そういうところから離れ、自由に音楽だけを作りたかった。

とインタビューに答えています。

 

Yaffleさんは何歳?

Yaffle(ヤッフル)さんは誕生日を公表していません。

2021/03/28の「関ジャム」では『30歳の新進気鋭のプロデューサー』と紹介されました。
(番組収録時は29歳というテロップが流れたので今年に入ってからの収録であれば早生まれだと思われます)

「小学校からの同級生」という、Webマガジン「FREUDE」創設者の八木宏之さんが、2009年に高校・2013年に大学卒業とのことなので、1990(平成2)年生まれ。
早生まれであれば(その可能性大)1991(平成3)年生まれだと思われます。

 

Yaffleさんの経歴

青山学院高等部卒業後、1浪して国立音楽大学入学

2010年末 :作曲家・編曲家としての活動をスタート
2014年9月:小袋成彬、酒本信太らと共にTokyo Recordings (現・TOKA) を設立
2018年1月:新プロジェクト「Yaffle」を始動
2020年9月:ファーストアルバム『Lost, Never Gone』をリリース

Yaffleさん プロフィール

東京都港区出身。

祖母の勧めでYAMAHAの音楽教室に通い始めたのが楽器の初めての経験で、6歳の頃から個人レッスンに変更、高校で吹奏楽部に入るまでピアノは続けていました。

中学時代は「スキマスイッチ」が好きで、常田さんをきっかけにアレンジに興味を持ち、コード進行を勉強します。開放型のヘッドホンを爆音にして音楽かけながら歩く、CD大好き少年でした。

高校時代は友人の誘いで吹奏楽部に入りファゴット(木管楽器・別名バズーン)を担当、隣の軽音楽部にも顔を出していました(キーボードで参加)。

中学時代に勉強していたコード進行のおかげもあって吹奏楽内で音楽技術的な仕切りを任されるようになり、演奏の構成などに興味を持ち始めます。自分だけで完結することよりも、人を巻き込んで、オーガナイズする方が楽しかったと話しています。

当時「ミューズ」というテキストから音を生成するフリーソフトにハマり、できた曲をネット上で投稿して色んな人に評価してもらっていて、それが打ち込みに出会ったキッカケです。

UKガレージが好きなメンバーとオリジナル曲を作り、そこで録音にも興味がでました。
機材を揃えてパート別に録音して、ミキシングもその時から始めました。

高校の親友がクラシックの楽しさを教えてくれて、より音楽に傾倒していきました。友人らと学校近くのNHKホールでNHK交響楽団の定期公演を聴いて、帰りにロコモコ食べて帰ったりもしていました。

先輩が音大に入ったのをみて、それまではまだ雲の上の話のようなイメージだった「音楽で生きていく」という選択肢を初めて身近に感じ、また、吹奏楽内でもアレンジもやっていたので、高校で蓄えた経験や素養をよりアカデミックに学んでみたいとも思い、国立音楽大学を受験します。

音大受験のための勉強について「和声(ハーモニー)の勉強は楽しかったですよ。でもソルフェージュ(西洋音楽の基礎訓練、読譜・初見・聴音など)は本当に苦痛だった。」と話しています。

大学時代は「1年のときだけガチの芸術系のクラスをとっていたのですが、そこでは散々でしたね。作曲の必修課題でサックスの曲を書いたら「サックスは要綱に含まれていません」とか言われて、教授会にかけられたり。
大学時代に誰かから褒められたり、学校から評価された記憶はまったくないですね。恩師がいないというか。教授会にかけられてばかりいた。」という意外なエピソードも。

その一方で、青山学院大学のビッグバンドのサークルでは本格的に活躍。
「1年のときから生意気にもジャズ・オーケストラの譜面を書いて、サークル内でお金をもらったりしていました。ビッグバンドのコンテストのための譜面を書いたり。そこでの評判は良かったですね。」

大学時代に作曲家・編曲家としての活動をスタート、実家にスタジオを作り、Aoyama Basementという配信レーベルも立ち上げています。

そのスタジオに出入りしていた人を介して、酒本信太さんと出会い、小袋成彬さんと知り合います。

それが『Tokyo Recordings (現・TOKA) 』の設立へとつながるのです。

Yaffle(ヤッフル)さんプロデュース作品一覧

それではここでYaffle(ヤッフル)さんがプロデュースした作品をご紹介します。

藤井風

全曲プロデュース

アルバム「HELP EVER HURT NEVER」
(「何なんw」「もうええわ」「優しさ」「キリがないから」「罪の香り」「調子のっちゃって」「特にない」「死ぬのがいいわ」「風よ」「さよならべいべ」「帰ろう」)
シングル「へでもねーよ」
シングル「青春病」
シングル「旅路」

小袋成彬

「Lonely One feat.宇多田ヒカル」

iri

「Clear color」
「東へ西へ」
「Slowly Drive」
「Only One」
「Rhythm」
「Corner」

高岩遼

「ROMANTIC」
「Black Eyes」

SIRUP

「Synapse」
「Thinkin about us」

Dean Fujioka

「Made In JPN」
「Follow Me」

Awesome City Club

「Cold & Dry」

SHE’S

「Clock」

Crystal Kay

「3月9日」

adieu

※adieuは女優・上白石 萌歌の歌手活動時のアーティスト名

「強がり」
「花は揺れる」
「ナラタージュ」

Rihwa

「一秒」

柴咲コウ

「そして僕は途方に暮れる」
「黄昏のビギン」

AKINA

「Touch」
「Gravity」

Salyu

「Taxi」

まとめ

Yaffle(ヤッフル)さんの経歴・プロフィール、プロデュース作品などをご紹介しました。

2021/03/28には「関ジャム」にも出演されてとても興味深い話をたくさんしていらっしゃいましたね。

こちらについてはまた別にまとめようと思います。

最近の取材に対して

「プロデューサーという仕事は、プロフィールに人の名前を書かなきゃいけない凄く虚しい職業」とか
「○○のプロデュースをしたといっても、僕がいない世界線の○○を実証できないので、本当に自分が必要だったか別にわからない」

などと、「迷いの時期ですね(笑)」と答えています。

このインタビュー記事を読んでいると、どの世界でも、どれほどの結果を出している人でも、いろいろな悩みや葛藤はあるのだと感じました。

今や日本屈指のクリエイターであることは間違いないYaffle(ヤッフル)さん。

そんなYaffle(ヤッフル)さんが、迷いの中でもこれだけの作品を世の中に送り出してくれることはとても素晴らしいことで、私はこれからも楽しみにしたいと思っています。

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