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東江雄斗(あがりえゆうと)は兄もハンドボール選手!プロフィールと経歴もまとめてみた

アスリート
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こんにちは~nannanです♪

今日はハンドボールの東江雄斗(あがりえゆうと)選手についてのお話です。

現在「ジークスター東京」に所属している東江選手は、東京オリンピックの男子ハンドボール代表「彗星ジャパン」にも選ばれています。

そして、東江選手のお兄さんもハンドボール選手です。

まずは東江選手の簡単プロフィールから。

東江雄斗簡単プロフィール

生年月日: 1993年7月6日
出身地:沖縄県浦添市
血液型:A型
最終学歴:早稲田大学
所属:ジークスター東京
ポジション:CB / LB
身長:182cm
体重:82kg

確かに、最後(笑)

兄は東江太輝(あがりえたいき)選手

東江雄斗選手のお兄さんは「琉球コラソン」所属の東江太輝(あがりえたいき)選手です。

生年月日: 1989年6月22日
出身地:沖縄県浦添市
血液型:A型
最終学歴:日本体育大学
所属:琉球コラソン
ポジション:CB
身長:180cm
体重:87kg

 

ご兄弟の、そしてご家族の仲の良さがうかがえますね。

 

東江太輝選手は大学時代に日本代表に選出されています。

2012年2月に日本ハンドボールリーグの湧永製薬へ加入。

2014年6月にはドイツ・ブンデスリーガのTHWキールのセカンドチームへ移籍します。

2015年にドイツ3部のSVアンハルト・ベルンブルクへ移籍。

2016-17年シーズンから湧永製薬へ復帰し、2018-19年シーズン限りで湧永製薬を退団。

2019年4月に琉球コラソンへ移籍し現在に至ります。

 

東江雄斗(あがりえゆうと)経歴

東江選手はご両親がハンドボールをやっていて、父親は実業団でプレー、母親は国体選手でした。

沖縄のハンドボール競技人口は全国5位。小・中学校、高校、どちらのカテゴリーでも、全国大会上位の常連校であり、トップ選手も数多く輩出している「ハンドボール王国」です。

また、出身地である浦添市は「ハンドボール王国都市宣言」をしていて市内の大半の小学校にハンドボールクラブがあり身近にハンドボールがある環境となっています。

小・中学校時代

そんな環境の中、東江選手は沢岻小学校時代にハンドボールを始めます。

小さい頃からずっとテレビを観る感覚で、いつもハンドボールの試合ばかり観ていたそうで、家族の会話もハンドボール。テレビを観て芸能人の話をするより、ハンドボールの試合を観ながら「ここはこうだよね」という会話が多かった。とインタビューに答えています。

浦添市立神森中学校時代の2008年(中学3年生)に沖縄県選抜のメンバーとして第17回JOCジュニアオリンピックカップで優勝を経験し、最優秀選手に選ばれました。

 

興南高校時代

1年生

2010年3月、全国高等学校ハンドボール選抜大会で有望選手に選ばれました。

2年生

2010年7月、第4回男子ユースアジア選手権の日本代表U-19に選出されました。

3年生

2011年、沖縄県の高校総体で興南高校は7年連続優勝を達成、エースとして貢献しました。

全国高等学校総合体育大会では準々決勝で藤代紫水高等学校(茨城県)に敗れましたが、優秀選手賞を受賞しています。

 

早稲田大学時代

2012年

第13回男子ジュニアアジア選手権の日本代表U-21に選出されました。

2013年

関東学生ハンドボール・春季リーグで優秀新人賞を受賞。秋季リーグで優秀選手に選ばれました。

また、全日本学生ハンドボール選手権大会(インカレ)では優秀選手賞を受賞しました。

2014年

春季リーグで優秀選手・秋季リーグでも優秀選手と、3季連続で優秀選手に選出されました。

また、第22回世界学生選手権の日本代表U-24に選ばれました。

2015年

第28回ユニバーシアード競技大会の日本代表に選出されました。

また、インカレでは優秀選手賞を受賞しました。

12月29日には日本代表に初選出されました。

 

大同特殊鋼(フェニックス)時代

2016年1月20日に加入しました。

6月、第23回世界学生選手権の日本代表U-24に選出されました。

8月には第6回社会人選手権で最優秀新人賞を獲得しました。

2016-17年シーズンは得点王(120点)、最優秀選手賞ベストセブン賞を受賞し、プレーオフでは殊勲選手賞に選出されました。

2017年、世界選手権の日本代表に選出。第7回社会人選手権ではMVPに選ばれました。

2017-18年シーズンはリーグトップのフィールド得点133得点、当時リーグ史上最高得点)を記録し、2年連続でベストセブン賞を受賞しました。

2018-19年シーズンから副主将に就任。

2018年の第8回社会人選手権ではベストセブンに選ばれました。

2021年4月30日に大同特殊鋼からの退団を発表しました。

 

背番号秘話

東江選手は学生時代はほとんど「3」をつけていました。

その理由は父親が大崎電気でプレーしていた時につけていた背番号だから。

兄の東江太輝選手も学生時代は「3」をつけていたそうです。

ご兄弟そろってお父さまの影響を受けていたのですね。

ちなみに日本代表ではすでに「3」は使われていたので「33」をつけています。

 

大同特殊鋼時代は「20」でした。

東江選手のあこがれのプレーヤーは元韓国代表のペク・ウォンチョル選手と、元クロアチア代表のイヴァノ・バリッチ選手です。

お父さまの知人から勧められたハンドボールのDVDに出ていたふたりを観て一目惚れ。

そのペク・ウォンチョル選手が大同特殊鋼時代につけていた背番号が「20」でした。

ペク選手が大同特殊鋼を辞めてから、彼がつけていた「20」は永久欠番となっていました。

東江選手が大同特殊鋼に加入したとき、東江選手がペク選手の大ファンということを当時の末松誠監督がご存知で、ペク選手のようなプレーヤーになってほしいという思いから与えたということです。

末松監督はチーム加入時に「お前を日本一の選手にする」と東江選手に話していました。
日本代表では「33」をつけている東江選手、宮崎大輔さんが2003年から十何年もずっと代表チームでつけている「7」をいつか引き継ぎたいという思いはあるとインタビューに答えています。
「大輔さんはハンドボール界のスーパーレジェンドです。いるとチーム内がざわつくくらい(笑)」とも。

まとめ

ハンドボールの東江雄斗選手についてのお話でした。

イケメンなので女性ファンも多そうですね。

会場での観客数や声援が多ければ多いほどうれしくなっちゃうと話していました。

オリンピックは無観客かもしれませんが、日本リーグではぜひ会場に足を運んで迫力あるプレーを堪能したいものです。

また、兄の東江太輝選手と「ABROS(アブロス)」という活動も始めます。

 

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こちらも楽しみですね。

オリンピックでの東江選手の活躍も楽しみにしています。

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